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夢の有効活用

医師 小倉 康平

眠っているとき、なぜ夢を見るのか。精神分析学の祖、ジークムント・フロイトが著書「夢判断」を発表してから120年が過ぎ、様々な脳の機能が解き明かされた今も、夢の機能について明確な結論は出ていない。1900年初頭、フロイトは夢を「心の奥底に秘めた願望」を示すと考えた。20世紀も半ばを過ぎ、レム睡眠とノンレム睡眠が発見されて以降は、重要な記憶を整理して学習しているとする仮説が提唱され、今日も生理学・心理学の分野から支持されている。また「今後起こり得る現象やその時の行動をシミュレーションしている」という進化論の見地も根強い。そして1980年以降は情報科学の分野から、人間の脳をコンピュータに例え、情報処理のパフォーマンスを最適化するために不要な脳神経回路を減らしているという仮説が提唱された。最近では脳の働きを人工知能になぞらえ、現実では体験できない現象を夢の中で体験することで脳が現実に過剰適応しない(慣れすぎない)ようにしているという仮説も話題になった。

筆者もよく夢を見る。楽しい夢もあれば、悪夢もある。最近は現実的な夢を見ることが多いように思うが、時には空を飛ぶ夢も見る。その中で、繰り返し見るのが試験の夢だ。大学受験や医師国家試験が差し迫っているが、やるべき勉強をほとんどできていない、という夢である。激しい焦りと絶望感に苛まれながら、必死に暗記帳や問題集を漁るところで目が醒める。苦手なことを後回しにしようとする私の悪い癖に対する罪悪感なのだろう。

同列に考えるのは誠におこがましいが、戦争に行った者は、人を殺めた罪悪感を夢に見ることも多いという。そして今も、コロナ禍でパンデミック・ドリームと呼ばれる似通った悪夢に悩む人が世界中にいる。買い物や仕事などをしていてふと周りを見ると、自分以外はみな防護服を着ている、といった夢だ。コロナウイルス治療の最前線にたつ医療者は、患者の命を救おうとするも間に合わない、という夢を見る者も多い。心理学、脳生理学、精神医学…様々な分野で分析されているが、その背景の一つに「自分にはまだできることがあるのでは」という不安や罪の意識があるのではないかと思う。

ハーバード大学の心理学研究者ディアドラ・バレットは、悪夢を進化の過程で潜在的な危険回避のために手に入れた能力だと説明している。実際に、ストレスから悪夢を見るようになった者は、そのストレスを乗り越えると悪夢を見なくなるケースは多い。また夢の中では恐怖感が安らいで恐ろしい現象や難しい問題に立ち向かおうとする意識が強くなり、普段は考えもしない大胆な解決策を模索するという。昨日は解けなかった難しい問題を、寝て起きたら解けた、という経験は誰にでもあるだろう。音楽家や芸術家には睡眠によるインスピレーションを重視する者も多い。夢が自分の弱い部分、おろそかにしている部分を示してくれているのであれば、私たちは現実世界でそれを乗り越える努力ができる。コロナ禍の終息に寄与できるかはわからないが、私も苦手な仕事に率先して取り組む努力をしてみようと思う。その一方で、いつの日か夢のメカニズムが解明され、より効果的な睡眠学習の方法が確立したらよいなと夢想している。

「健康さんぽ91号」

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