一般財団法人君津健康センター一般財団法人君津健康センター

健康コラム君津健康センターの医師・スタッフから、
こころとからだが元気になるコラムを発信していきます。
みなさまの健康生活にぜひお役立てください。

改めて考える「たばこ」の害

医師 小倉 康平

受動喫煙防止措置の努力義務が労働安全衛生法に定められ、各社の受動喫煙対策は着々とすすみ(?)、ますます喫煙者に肩身の狭い社会となってきました。ほんの10数年前までは就労男性の半分以上が喫煙者でしたが、平成26年には3割にまで減少。とくに若い人のたばこ離れは著しく、たばこを吸うのは禁煙できなかった中高年が主体に。「家でも会社でも煙たがられる」とお嘆きの方も多いのではないでしょうか?

世界保健機構(WHO)のたばこに関する統計「WHO report on the global tobacco epidemic, 2013」によると、たばこが原因で死亡した人の数は年間600万人にのぼり、このまま増え続けると2030年には800万人に達する可能性があるとしています。

わが国においても、1年間の死亡者数をリスク要因別に見てみると、「喫煙」が堂々の1位。2位にくる「高血圧」も喫煙が1つの原因であることを考えると、その有害性は明らかです。

◆喫煙による健康障害

昨今、たばこが身体によくないことは小学生でも知っています。では、なぜ身体に悪いのか?どれほど悪いのか?改めて見てみましょう。

たばこの煙には4000種類以上の化学物質が含まれています。そのうち、有害物質は200種類以上、発がん性物質はなんと60種類。タールにニコチン、ベンツピレン、カドミウム、一酸化炭素、アンモニア…。たばこ煙の発がん性について、WHOの下部機関であるIARC(国際がん研究機関)の評価は「group 1」すなわち「ヒトへの発がん性がある」。ヒ素やアスベスト、肝炎ウイルス、放射線、ピロリ菌等と並びます。

たばこの健康障害はがんだけではありません。喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、心筋梗塞に脳卒中、骨粗鬆症、うつ病…。たばこにより発症したり、症状が悪くなる病気は枚挙にいとまはありません。

そんな様々な病気につながるたばこですから、寿命も違うはず。2001年のデンマークの研究では、男性女性ともに喫煙者は非喫煙者に比べて寿命が-7年(健康寿命が-12年、病気を患う期間が+5年)と、「細く短く生きる運命」であることが示されました。

さらに、たばこの影響は世代を超えます。2006年のアメリカの研究「Surgeon General’s Report, The Health Consequences of Involuntary Exposure to Tobacco Smoke」では、喫煙は男性のED、女性の流産や妊娠合併症など生殖機能を低下させるだけでなく、胎児死亡や死産、小児の乳幼児突然死症候群(SIDS)や発達遅滞の原因になると報告しています。

◆セカンドハンドスモークとサードハンドスモーク

受動喫煙とは、労働安全衛生法第68条の2で「室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること」と定義されました。受動喫煙という言葉は以前からありましたが、主には副流煙(火のついたたばこの先端から立ち上る煙)を周囲の人が吸うことを意味していました。喫煙者が吸っている主流煙に対し、フィルターを介さない副流煙には有害物質が多く含まれ、健康影響が大きいということがわかったためです。しかし最近は、副流煙による受動喫煙(セカンドハンドスモーク)に加え、呼出煙(喫煙者が吐く息に含まれる煙)、髪の毛や衣類などについた煙、部屋の壁やじゅうたん、家具についた煙、冷暖房や換気装置など風の流れに乗って伝わってくる煙などの環境たばこ煙(Environmental Tobacco Smoke:ETS)を吸うことによる残留受動喫煙(サードハンドスモーク)が注目されています。

環境たばこ煙は極めて細かい粒子状の物質(PM2.5よりさらに細かいPM1.0の粒子)と気体成分から構成されます。そのため、吸い込むと肺の奥深くまで到達し、全身の炎症やアレルギー、喘息、肺がんなどの原因となるのです。

◆受動喫煙防止対策とその限界

受動喫煙を防止することが事業者の義務となったことで、各企業では対策が進められています。多額の費用をかけて喫煙所を整備し、少しでも受動喫煙を減らそうとしていますが、「職場における喫煙対策のためのガイドライン」に定める要件を満たした喫煙室であっても煙の漏れを完全に防ぐことはできません。扉の開け閉めによるふいご作用、出入りする人の動きによる気流、たばこを吸った人の息に含まれる煙、衣服・頭髪に付着した煙など、喫煙室の外に持ち出される煙は少なくありません。

◆たばこはなぜやめられないのか?

昨日、「絶対にたばこは吸わない」と決意したはずなのに、朝起きると吸っている。「たばこが身体に悪いのはわかっているけど…」、そう悩みつつ次の一本を取り出してしまう。禁煙を志したことがある方は経験したことがあるのではないでしょうか?なぜこうもやめられないものなのでしょうか?

それは、「ニコチン依存症」という病気のためなのです。たばこの煙に含まれるニコチンには、麻薬にも劣らない依存性があると言われています。脳にはニコチンと結合すると快感を生じる受容体(α4β2ニコチン受容体)があります。たばこを吸って血液中にニコチンが入ると、すぐに脳の受容体と結合し、快感物質(ドパミン)が放出されます。たばこを吸うと頭がすっきりしたり、気分が高揚したりするのはこのドパミンによるもの。しかし、その代償として身体はニコチンなしでは我慢できなくなり、もう一度吸いたい、もっと吸いたいと思うようになるのです。ニコチンが切れると、イライラする、集中できない、眠れないといった離脱症状が現れます。

◆禁煙治療とその効果

自分の意志で禁煙を試みるも離脱症状に阻まれる・・・。たばこを止めるのはなかなか難しいものです。そんな方を対象に、近年、禁煙治療を受けられる病院も増えてきました。計5回の外来受診を1サイクルとした治療で、12週間かけて禁煙を目指します。初診でまずニコチン依存症かどうかのチェックを行います。依存症とわかれば治療の対象になります。問診票とカウンセリングを通じて喫煙状況や禁煙の意志を確認し、禁煙補助薬の説明などを受けて禁煙を始めます。禁煙開始から2週間後、4週間後、8週間後、12週間後に再診し、喫煙状況を問診と呼気検査で確認しつつ、離脱症状や禁煙補助薬の副作用、体調の変化、禁煙を続けるにあたっての問題点や不安の相談をする、という内容です。禁煙における様々な思いを主治医と共有し、対処法をともに考えていくことで禁煙を成し遂げる方法です。計5回の禁煙治療をすべて受けた方の78.5%は、治療完了時に4週間は禁煙を続けられていたという結果が出ています(治療を中断せずに完了したほうが、禁煙継続率が高くなります)。健康保険を使って受けることができますので、実際の費用負担は13,000円~20,000円程度です。同じ期間を毎日たばこ1箱吸うよりも安くなる計算になります。

では、たばこを止めればすべての問題は解決するのでしょうか?いいえ、たばこに蝕まれた身体はなかなか元には戻りません。しかし、禁煙により確実に身体は回復していきます。その効果はなんと最短20分で確認することができます。血圧や脈拍数が下がってくるのです。12時間後には血液中の一酸化炭素濃度が正常に。2週間もすれば心肺機能が回復してきます。1ヶ月を過ぎたあたりから徐々に咳や痰、息切れ症状が軽くなり、1年経つ頃には心筋梗塞のリスクが半減、5年で肺がんをはじめとする様々ながんによる死亡率が半減します。そして禁煙から10年、脳心血管障害(脳梗塞や心筋梗塞など)のリスクが非喫煙者と同等になると言われています。

いかがでしょう?長い道のりではありますが、一歩一歩にちゃんと効果があるとわかっていただけたでしょうか?ちなみに、10年たばこを我慢すればなんと100万円(1日20本程度吸う人の場合)を超える貯金ができるそうですよ!

「健康さんぽ70号」

※一般財団法人君津健康センターの許可なく転載することはご遠慮下さい。