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歯周病から全身を考える

歯科医師 大島 晃

◆ 歯周病から全身を考える

1.現状
歯肉に何らかの異常がある日本人は約70%に達し、特に働き盛りの中高年者の80%が歯周病にかかっているといわれています。歯周病は生活習慣病と位置づけられ、食習慣、歯磨習慣、喫煙などと関連があるので治療効果が出ないこともあります。長期間、歯周病に罹患していると増殖した病原菌が血液中に入ったり、飲み込まれて口から遠い心臓、肺などに病気を起こす可能性があります。(図1) 歯周病を予防することやコントロールすることは、単に口の健康を維持するだけでなく、全身の健康を維持することにつながります。超高齢化社会の現代において重要な病気の一つであることは間違いありません。むし歯菌や歯周病菌などの口腔常在菌は、人の常在菌の中で最悪な常在菌といっても過言ではないです。

2.歯周病の原因

むし歯と同様、歯周病の原因はデンタルプラーク(以下、プラークという。)と歯石です。プラークは、口の中にいる細菌と産生物による沈着物です。うがいや洗口では取り除けません。プラークの25%は生きている細菌で、むし歯や歯周病の一番の原因です。歯石は、プラークが石灰化したもので、やはり、歯ブラシでは取り除けません。歯石中の細菌はほとんど死んだ細菌で、プラークと比べるとその病原性は弱いです。

3.歯周病の治療と予防

①プラークコントロール: 歯周病の予防は、原因であるプラークを取り除く、またはできるだけ少量にすることです。機械的清掃(歯ブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロスなど)と化学的清掃(クロルヘキシジンなど)の2つを併用することが重要です。

②歯石除去: 歯石は歯ブラシでは取り除けないので、歯科医師あるいは歯科衛生士によってスケーラーと呼ばれる器具で除去してもらう必要があります。

歯肉炎や軽度の歯周炎は、基本的な歯周治療(口腔清掃指導、歯石除去、歯根面清掃)などによって治ることが多いですが、重度の歯周炎の場合は、他の治療に移行する場合があります。(図2)

③大事なこと: 歯科医院で行うプロフェッショナルケアだけではなく、セルフケアとして家庭での口腔清掃の遂行、食生活や喫煙などの生活習慣の改善なくして歯周病に対する治療効果は期待できないです。

◆ 歯周病から見た代表的全身疾患

1.循環障害をもたらす口腔細菌
プラークの細菌は、歯周局所から血流中に入り込んで、循環障害にかかわります。歯周病菌の毒素や酵素などは、直接入り込んだ臓器で細胞傷害をもたらします。その結果、さまざまな臓器に悪影響を与え続けることになります。

図3には、歯周病などの口腔慢性疾患が健康破綻をもたらし、種々の全身疾患に関与することを示します。

2.口腔細菌が起こす細菌性心内膜炎

細菌性心内膜炎の主たる原因菌は、むし歯菌の仲間や歯周病菌です。いったん形成された心内膜のバイオフィルムに対しては、抗生物質の効果は期待できません。プラークの細菌は、歯肉溝から血流中に侵入しますが、健常者ではさまざまな防御機構が働いており、血液中で増殖することはなく速やかに駆逐されます。

感染に対する抵抗力を失った病人・老人などでは、殺菌作用がうまく働かないため、口腔細菌などが血流中で増殖して、敗血症となってしまいます。癌、糖尿病、免疫不全などの患者では、致命的感染症となってしまいます。同様に、頚動脈につくられる内壁プラークは、高い割合で脳梗塞の原因となり、そして高い割合で歯周病菌が見つかります。

一般に、抜歯などの観血処置、スケーリング(歯石除去)、根の治療では、1分間に万単位の生菌を血液中に送り込んでいることが分かっています。また、歯周病が存在する場合には、歯磨き中や咀嚼中に細菌が入り込みます。

3.糖尿病と肥満の関係

歯周病は、糖尿病における6番目の合併症です。糖尿病は、一般に肥満型の人が多く脂肪が多いといえます。内臓脂肪蓄積型肥満、つまり、メタボの人々は、内臓脂肪がアディポサイトカインの中のTNF-αなどを多く分泌するため、結果的に、歯周病を悪化させてしまいます。歯周病は、歯周病細菌(主に嫌気性細菌)の感染によって生じる慢性炎症疾患です。慢性化した歯周炎局所には、生体の多臓器に類をみないほど多量の嫌気性菌が生息しています。この状態でTNF-αをはじめとする炎症物質を産生し続けます。そして糖尿病を悪化させてしまいます。つまり、糖尿病は歯周病の発症・進行に関与し、逆に歯周感染は、糖尿病患者の血糖コントロールの悪化に関与していると考えられています。

4.狭心症、心筋梗塞との関係

歯周病が進行すると歯茎にある血管から歯周病の細菌、炎症物質が血管内に入り込んで、血液を介して全身の臓器に運ばれます。これが、心臓、血管に悪さをします。そして、動脈硬化を起こします。歯周病の改善が求められるわけです。

5.誤嚥(ごえん)性肺炎

日本人の65歳以上の死亡原因は、第1位がん、第2位心疾患、第3位脳血管障害、第4位肺炎です。一般に、加齢にともない摂食・嚥下(えんげ)機能が低下します。高齢者の肺炎の重症化や肺炎による死亡原因には、心不全、腎不全、糖尿病、などの基礎疾患の有無と共に、繰り返し誤嚥(口の中の細菌と一緒に誤って食塊や唾液が喉頭、肺に流入してしまうこと)があげられます。予防には、嚥下機能の改善、口腔衛生状態の改善(プラークコントロールなど)、歯周病の改善を行うことにより誤嚥性肺炎の予防が可能になります。

6.歯周病と早期低体重児出産との関係

早産は、全出産の約10%あり、従来知られている膣内感染や喫煙などの早産のリスクファクターだけではこの高頻度を説明することは難しいです。

2005年Khaderらの研究では、歯周病であることは、早産4.2倍、低体重児出産に対しては2.3倍、早期低体重児出産に対しては、5.28倍の危険率であることが明らかになっています。考えられるメカニズムは、歯周ポケットの中に歯周病菌からの内毒素により大量に産生したプロスタグランディンが原因とされます。今後の詳しい研究が期待されます。

7.骨粗鬆症は歯周病リスク

骨粗鬆症患者の歯槽骨吸収をともなう歯周病は、急速に進行しその治療は難しいです。エストロゲンを骨粗鬆症のホルモン療法として服用すると、非服用者にくらべて歯周病の進行も少なく、歯の喪失も少ないです。また、カルシウムとビタミンDの組み合わせでは、エストロゲンの代替物質イソフラボンなどを長期間栄養補給すると、歯周病の進行がみられなくなるという知見も示されています。

8.ピロリ菌(胃潰瘍と歯周病原菌の奇妙な関係)

胃にピロリ菌が感染している慢性歯周炎患者の唾液中では、ピロリ菌と歯周病菌に対するlgA抗体が共に上昇しています。胃粘膜のピロリ菌と歯周ポケット内の歯周病菌が、それぞれ抗原性を発揮する結果、抗体産生が誘導され、胃粘膜や歯肉に免疫複合物が形成されます。そして、胃潰瘍と歯周病の引き金となったり、憎悪させると考えられます。

9.病巣感染の病態メカニズム

病巣感染とは、慢性で限局性の原病巣が原因となって、遠隔の臓器に病気を起こすことです。原病巣は、主に口腔・咽頭の慢性感染症が多いです。この遠隔臓器の病気には、アレルギーとの密接な関与が考えられます、lgA腎症を含む糸球体腎炎、関節炎、掌蹠(しょうせき)性膿庖症を含む皮膚炎などを起こします。さらに亜急性心内膜炎、心筋炎、神経炎などの疾患にかかわっています。

◆ まとめ

健康への道は、口腔から全身へ、そして、全身から口腔へと考えるべきです。

参考文献
江藤一洋編:歯の健康学(岩波新書)
吉江弘正、高柴正悟編:歯周病と7つの病気(永末書店)
奥田克爾:デンタルバイオフィルム(医歯薬)
サンスター:糖尿病と歯周病のお話

「健康さんぽ56号」

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