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気を付けていますか?「舌」のこと

医師 小倉 康平

歌手の堀ちえみさんが舌がんを患い、手術を受けたというニュースは、読者の皆様の記憶にまだ残っていることでしょう。歌手人生はもちろん、病期がステージⅣであったことも公表され、彼女の生命を心配された方も多いのではないでしょうか。そして、舌がんをはじめ口腔の健康に関心を持った方も多いことと思います。そこで今回は「舌がん」に着目し、舌の機能や口腔の健康管理についてもお話ししましょう。

「舌がん」という病気、あまり聞きなれない方も多いのではないでしょうか。舌がんを含む「口腔・咽頭がん」の罹患者数は現在約2万3000人で、全てのがんのうち約2.3%を占めます。死亡者数は年間約7900人で、全がんの約2.1%です(国立がん研究センター、2018年の推計値)。口腔がんのうち舌がんの割合は人種や地域、生活習慣によって異なりますが、日本人では約6割が舌がんと言われています。

舌がんとは、舌の前3分の2(口を開けて鏡で見える範囲)と舌の縁、下面に発生するがんを言います。舌がんは男性に多く、他のがんと同様に50歳~70歳代に発症することが多いですが、一方で50歳未満が4分の1を占め、20歳~30歳で発症することもあります。

舌がんは、自分で鏡を使って見ることができるので、患者さんの約2/3は、比較的早い時期に異変に気づき受診します。舌がんの症状として典型的なのは、舌の両脇の縁にできる硬いしこりです。舌に白い膜が張ったり、赤くなったり、盛り上がったりする場合もあります。特に舌が白くなる白斑症や、堀ちえみさんのように慢性的に続く口内炎のような潰瘍が舌がんの初期症状であることがあります。なお、舌の先端や真ん中にがんができることは少なく、また痛みや出血を伴うとは限りません。舌の下面にできたがんは自分では見えにくく、症状も出にくいため進行した状態で受診される場合も少なくありません。がんが進行すると潰瘍となり痛みや出血が持続したり、口臭が強くなることもあります。

舌がんの中には早い時期から舌の近くの首(頸部)のリンパ節に転移して急速に進行するタイプのものもあります。日ごろから鏡で口の中をチェックしたり、気になる病変や症状が続く場合には早めに耳鼻咽喉科や口腔外科などを受診することが早期発見・早期治療につながります。

ところで、読者の皆様はご自分の舌についてどこまでご存知でしょうか。舌は、話す、食べる、味わうといった基本動作はもちろん、そこから派生するコミュニケーションや食べる喜びなどQOL(生活・人生の質)に関わるとても重要な器官なのです。

舌の役割というと、食べ物の味を感じる「味覚」がまず思い浮かぶかと思います。食べ物を噛み砕くと食物の組織が破壊され、味物質と呼ばれる様々な分子やイオンが唾液に溶け出します。これらが舌の表面にある「味蕾」と呼ばれる組織の「味細胞」を刺激し、味覚神経を介して脳に伝達されることで味がわかるのです。食べ物の味は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つの「基本味」に分類されますが、実際には味物質の組成によって無数の味があり、味蕾はこれを敏感に捉えることができるのです。人は味覚によって「美味しい」「まずい」だけでなく、それが食べてもよい物なのかどうかを判断しており、生きていくためにも重要な感覚と言えます。

食べ物を口に取り込み、噛んで、飲み込むという「摂食・嚥下機能」でも舌は重要な役割を担います。摂食・嚥下には、舌、唇、頬など、様々な器官を複雑に働かせることが必要ですが、なかでも舌は、口に入れた食べ物を受け取り、味だけでなく温度や大きさ、硬さなどの食べ物の物性を瞬時に感じ取ります。食べ物が大きすぎる時は、舌は食べ物を歯と歯の間に移動させ、うまく噛み砕けるように保持します。噛み砕かれた食べ物を集めてさらに噛んだり、細かくなった食べ物を固めて喉やさらに奥の食道に送り込むのも舌の役目です。

また、舌は言葉を話すためにも必要な器官です。人が自由に言葉を話すには、肺から空気を出して声帯を振るわせて音を出す「発声」と、その音に母音や子音などの響きを与えて言語に換える「構音」という機能が必要です。舌は、その全体が変形・移動することで母音を、舌先や舌背が口蓋に接近・接触することで子音を生み出しており、最も重要な構音器官なのです。

ここまで読んだだけでも、舌がんという病気の怖さ、治療の難しさが想像できるかもしれません。舌がんの治療には手術療法、化学療法、放射線療法などがありますが、ただ根治を目指すだけでなく、その機能を可能な限り温存することを目標に、最適な治療方法を選択します。それぞれの治療法を簡単にご紹介しましょう。

手術療法:がん病巣を外科手術で直接的に除去する、最も基本的ながんの治療法です。原発巣だけでなく、他の部位に転移した転移巣を取り除くこともあります。手術で除去しきれる場合はもちろん、除去しきれないとしても手術によって生命予後や機能の改善が期待される場合などにも対象となります。一方で、あまりにがんが広がってしまっている時、とくに、がんが原発臓器以外に転移していた場合や、播種(腹膜や胸膜に散らばった)の場合、麻酔への耐性や体力などの理由で手術に耐えられない場合には、たとえ物理的に切除できる大きさや個数だったとしても、適応外になることがあります。

手術療法には①部分切除、②半切除、③亜全摘出、④全摘出の4つの方法があり、舌がんの進行度や症状に応じて選択します。一般に、がんがより小さく、より浅いほど、切除する部位は小さく、手術による身体への負担や、手術後の構音障害や味覚障害、嚥下機能、咀嚼機能への影響も小さくなります。

また、舌がんは、頸部リンパ節に転移することが多いため、リンパ節転移がある場合はもちろん、転移がない場合でも、がんの範囲が広い場合には、頸部リンパ節郭清を一緒に行う場合があります。

化学療法:抗がん剤を利用してがん細胞を破壊したり、増殖を抑える治療法です。血液の流れにのって抗がん剤が全身を巡るため、体のどこにがん細胞があっても攻撃することができます。舌がんの治療では、舌がんに栄養を送っている動脈に対して選択的に抗がん剤を流し込む「動脈内化学療法」という方法をとることで、病巣に効率的に抗がん剤を送り込みつつ、他の部位への副作用を抑える治療法も多く行なわれています。

放射線療法:病巣に放射線を当てることでがん細胞を破壊したり、増殖を抑える治療法です。全身的な影響が少なく、がんに侵された臓器についても機能と形態を温存しやすい患者にやさしいことが特徴です。ただし、がん局部周囲の正常細胞も傷害されるため、後遺症が残る場合もあります。

舌がんの原発巣からの再発率は、がんの性質や部位、治療法などで差がありますが約11~24%程度といわれています。そのため、治療終了後は少なくとも5年間、他の部位への転移などのことも考慮すると、10年間は経過観察することが望ましいとされています。

では、舌がんに罹らないようするには何に気をつければいいのでしょうか。実は舌がんの直接的な原因ははっきりとはわかっていないのですが、喫煙や飲酒、齲(う)歯(し)(虫歯)や歯周病などによる慢性的な刺激、ウイルス感染、加齢などが危険因子として挙げられており、これらが複合的、多段階的に作用することでがん細胞が生まれると考えられています。

なかでも喫煙は最大の危険因子と考えられています。タバコの煙には数十~数百種類の発がん物質が含まれており、喫煙とがんの関係は多くの研究で明らかになっています。南アジア諸国では全がんの3割を口腔がんが占めますが、これは檳榔子(ビンロウジ)などの噛みタバコの習慣によるものが大きいと言われています。

飲酒も重要な危険因子です。アルコールそのものに発がん性はありませんが、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドに発がん性があります。また、アルコールがタバコに含まれる発がん物質の溶媒となるために、飲酒と喫煙は口腔がんの発生に相乗的に作用すると考えられています。

齲(う)歯(し)(虫歯)や歯周病などの口腔疾患や、傾斜歯、不良充填物、不適合義歯などによる慢性の機械的刺激による慢性炎症も口腔がんの発生や増大、浸潤に関わっていると考えられています。

繰り返しになりますが、禁煙、節度ある飲酒、そして虫歯の治療や義歯の調整などの口腔内ケアが舌がん予防に有効です。ぜひこの機会に生活習慣を見直していただき、美味しく食べ、楽しく笑える人生を送っていただきたいと思います。

「健康さんぽ82号」

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