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自転車とお酒と私

医師 小倉 康平

思い起こせば4年前、私が今の職場に来てから1年が経とうとする頃、職場の先輩から「一緒に自転車に乗らないか」と誘われました。それまで目の回るような忙しさで運動というものから遠ざかっていた私は、日々の健康づくりやコミュニケーションの場を求め、その誘いに強く頷きました。以来、職場や近所の仲間とともに、週末ライドを楽しんでいます。私自身はスポーツ選手と言えるほどの才能も体力も持ち合わせてはいませんが、それでも人と一緒に走るとなると、より速く、より遠くまで走りたいと思うもの。仕事や家事・子育ての合間に練習の時間を探しています。しかし週末に仲間と走るときとは違い、トレーニングとなるとそれは辛く苦しいものです。強い負荷に悲鳴を上げる筋肉に鞭打ち、ともすれば休みたいと訴える精神を鼓舞し、1分1秒でも速く走ろうと…かなり大げさに言いました。しかし、このモチベーションを支えてくれるパートナーがいます。お酒です。

私はお酒が好きです。それほどお酒に強くない私ですが、ビールはもちろん日本酒、焼酎、ワインやウイスキーも嗜みます。自転車に乗ってかいた汗をお風呂で流し、身体が冷める前にキュ~っと飲む一杯がどれほど美味しいか、スポーツをする読者の皆様はご存知でしょう。共に走った仲間と語り合いながら飲むビールと焼き鳥、これもまたいいものです。酔いが回って身体が火照り始めると、自転車に跨り力の限りペダルを回す情景が蘇り、言葉に熱が籠ります。スポーツとお酒、これらは切っても切り離せない強い絆で結ばれている、そう信じていたのです。

ところが2014年、ある研究論文がスポーツ界(と数多(あまた)のスポーツ愛好家)に衝撃を与えました。「トレーニング後のアルコール摂取は筋肥大の効果を減少させる」というその論文は、辛く厳しい自分との闘いを戦い抜いた者に許される「トレーニング後の一杯」を至福とする多くの選手(実際、プロのスポーツ選手にもお酒好きが多い)にとって受け入れがたいものでした。しかしその後も、トレーニング後のアルコール摂取は「mTOR(タンパク合成を促す酵素)を阻害して筋タンパク質の合成を抑制する」「細胞のオートファジー機能を活性化して筋タンパク質の分解を促進する」などその生物学的メカニズムが次々と解明され、今ではスポーツ医学の厳然たる事実として広く知られるようになりました。嗚呼、哀しい哉(かな)、スポーツとお酒は実は相容れない関係にあったのです。( 2017年に「この作用は主に男性に生じる」と報告されました。女性の皆様はご安心ください)

では、これを知った私はどうしたのか。日々、自転車に乗って風呂に入り、缶ビールを1本飲んで赤い顔をしています。アマチュアには関係ないと開き直ったわけではありません。栄養摂取を見直し、十分に水分を摂り、飲みすぎを控えるようになりました。しかし、この一杯は、日々練習を続けるための心の支えなのです。そう、この一杯は必要悪なのです。そして、この一杯は、背徳の味がして、それはそれは美味しいのでございます。

「健康さんぽ81号」

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